Wait Until Dark
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2017年の冬コミで発行しました、迅遊小説本です。 三門市内にある遊真の家を、迅さんが遊真と訪れて、そこで一晩をすごすお話です。基本原作沿いですが遊真の家など捏造設定を含みます。 R18作品です。ご注意ください。
Wait Until Dark - サンプル -
遊真は、どこかの部屋に置いてある箪笥の前にいて、立ったりしゃがんだりしている。 それは予知だった。その部屋は、玉狛支部ではないことは確かで、迅の見知らぬどこかの家らしかった。 部屋が薄暗いのは、時間が夜だからだろうか。遊真は箪笥の引き出しを順番に開け閉めしている。どうやら、そこにしまわれている何かを探しているらしかった。 どこの、誰の家なのだろう。迅に見える範囲、予知に映る光景には、他に人はいない。 メガネくんでも千佳ちゃんの家でもないな。迅は、その二人の後輩の、どちらの家にも行ったことはないが、そのように判断した。 玉狛の、遊真の先輩たちの誰かでもなさそうだ。それなら迅は訪問したことのある家もあって、そのいずれともやっぱりちがう。 なんというか人の暮らしている気配がしない。 まるで空き家みたいだ。遊真がいる部屋の、その家のことを迅はそんなふうに思った。 だが、それにしては室内が荒れていない。三門市には警戒区域内に、すでに住人の立ち去った家が多くある。そういったところとはその点がちがった。 整然とした感じ。家具はあの箪笥ぐらいしかなくて、奥はガラス戸の向こうに縁側と庭が見える。たたみ敷きのそう広くはない部屋だ。 あいつ、ここでなにをしてるんだろう。どこなんだろう、あれは。 遊真が立ち上がって、くるりと振り向いた。 赤い澄んだ瞳がまっすぐに迅を捉え、唐突に、おれもいつか、ここへ来るんだろうな、と悟った。 予知の中で、話しかけることも、目を合わせることもできない遊真は、探しものを終えたのか、箪笥から離れようとしている。 きっと、おまえに連れられて来るんだろう。ここがどこで、なんのためにかは、まだわからないけど。 それがわかったとき、おれはおまえに、なんて言えばいいんだろうな。 そんな予知を、迅はしたのだった。 朝晩は冷えるようになった。日の出はすっかり遅く、夜間の防衛任務が終わるころなんかは、まだ真夜中みたいに真っ暗だ。 ボーダー本部に寄って報告書を提出し、開いたばかりの食堂で朝食をとり、迅は玉狛へ帰った。 これから丸一日、休みなのだ。自然と足取りも軽くなる。しかも、遊真も今日と明日は休みだった。もう確かめておいたのだ。帰ったら、まず彼を見つけて声をかけるつもりだった。 川を渡る。橋の上に強い風が吹きつけ、水面にさざ波が立つ。太陽がいっぱいに反射して眩しい。 路面はところどころ濡れていた。昨晩は雨だったのだ。季節の変わり目だからか、ここのところ、雨降りと晴天が交互にやってくる。 びゅうっと唸る風に頭髪をかき乱され、手で押さえながら、迅は建物に入った。 「ただいま〜」 奥からは小さく人の物音が漏れ聞こえてくる。 リビングをのぞくと、オペレーターの宇佐美がいた。 「迅さん。おかえりなさーい」 ソファに座って、テーブルに書類を広げているので、お茶を飲んでくつろいでいたわけではないらしい。 斜め側には、遊真がいた。彼はマグカップを持っている。顔を上げて、小声で「おかえりなさい」と言った。 「夜間の任務、お疲れ様でした」 「宇佐美もお疲れ。それ、仕事だろ?」 「うん。支部長に頼まれて。お手伝いの分」 そう言って、広げていた書類をまとめて、テーブルの上でトントンとやって揃えた。 「じゃ、これを持っていかなきゃ。遊真くん、またね」 書類の束を手に宇佐美はリビングを出ていく。 迅は、そこで遊真と二人きりになった。 昼前の太陽が床に日だまりを作っている。ここまでは風の音も届かない。 「よぉ、遊真。元気か?」 「迅さん」 遊真は、まるで今、初めて迅がそこにいることに気がついたとでもいうような、きょとんとした顔だった。 迅はキッチンに行ってコーヒーをついでくる。 戻ってきて、遊真にちらりと目配せしてから、彼の隣に腰を下ろした。 風の音の代わりに、遠くでパタンと扉の閉まる音や、ばたばたと足音が響く。 「なあ、遊真。おまえさ、休みなんだろ? 実はおれもだよ。だからさ、どこかに行かないか」 「どこかって?」 「美味いものを食いに行ったりとか、ちょっと買い物もしたいな。それでさ、夜は」 「悪いけど、おれは用事があるから」 機嫌良く話しだした迅を、遊真がさえぎった。 「あ、そうなの……」 「家に行ってきます」 「……イエ?」 うん、そう。と、つぶやいて、遊真はマグカップに口をつける。 「家って、どこの?」 「おれの家だよ」 「おまえの?」 ぽつんぽつんと短い言葉を交わすだけだが、迅は理解しきれてなくて戸惑う。 反対に、遊真は平然としている。あたりまえのことをしゃべっているふうで動じない。 「あ、えっとさ、遊真の家って、どこなの?」 「三門市だよ」 まるで、なに言ってるの、という顔をされた。 そういえば、聞いたことがあった気がする。 いつも玉狛支部にいる印象だけど、彼は三門市に自宅があるのだ。ボーダーに入隊するときの書類にも住所が書いてあった。 迅が忘れていただけである。もっとも迅だって自宅にほとんど寄りつかず、玉狛支部に居着いているのだ。 たまには帰ろうかな、と思い、また話しかける。 「じゃあさ、つまり、空閑家ってことか」 遊真は目をぱちくりさせ、首を傾げただけだった。 「どんな家?」 「さあ。フツーじゃないの」 「普通ねぇ。なんかちょっと、興味あるな」 日ざしが溢れる窓ガラスを見ながら迅が言うと、遊真は、うかがうような上目遣いで見つめた。 「迅さん、いっしょに来る?」 「……いいのか?」 「いいよ。べつに。掃除をしたり、家の様子を確かめてくるだけだから」 遊真の、頰や首筋に、窓越しの光があたると、冷たそうなミルクや、なめらかな白磁みたいな色になる。 けれどもほんとうは柔らかいのだ。触れるとひんやりしているのはそのとおりだけど。迅は、自分の指で触るときや、くちづけをしたとき、あるいは、彼のほうから頰を押しつけてきたときに、とても熱かったりするのを知っている。 来る? と、遊真がまた、下からのぞきこんだ。 迅は、顔にはあらわさなかったけど、一瞬たじろいでしまうほど魅力的な表情だった。 「おまえがいいんなら、おれも行こうかな」 微笑みを作ると、遊真も、わかった、と笑う。 彼の頰はミルクみたいだけど、唇は、よく熟した果実みたいに、赤く美味しそうな色をしている。