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「秘密の裏稼業11」で発行した赤安の小説です。本文15ページのコピー誌です。ゆるくそしかい後。赤井秀一と降谷さんがけんかした後の微妙な雰囲気のままデートする話です。
本文サンプル
「週末にやる強制捜査、僕も行くから」 降谷零の口調は、まるで参加の返事を保留にしていた飲み会に僕も出ることにした、みたいに気軽だった。 「え……?」 短く発した声に、紙コップ自販機の抽出完了のお知らせ音が重なった。取り出し口に手を掛け身を屈めてそれを待ち構えていた風見裕也は、不自然に首を捻って上司の顔を仰ぎ見ることを強いられた。 「車、まだ空きはあるよな。僕一人ぐらい増えても」 「えっ……、ええ、人数的には問題ありませんが」 降谷はコーヒーの入った紙コップを持ち、眉をひそめて風見を見ている。 「いいだろ? 僕が行っても。いいよな」 やはり、明日の飲み会に今から参加を表明してもかまわないだろう? と、念を押すような口ぶりだ。 「それは……。ですが、しかし、降谷さん、確かその日は休暇申請をされていたのでは?」 「あれは中止にする。気が変わった」 思いのほか強く、きっぱりと降谷は言った。 「え、いいんですか」 「べつに、なにか予定があって休みにしてたわけじゃない。ただの有休消化だし、そろそろ家の中の片付けをまとめてしようと思っただけだし、二日も休んでまでやらなきゃいけなくもないよなと思っただけだ」 まくしたてるように降谷が喋る間に、風見は、はあ、と、ほとんど自分にしか聞こえない相槌を打った。 「だから休暇は撤回して仕事をする」 「しかし、しばらく有休も取られていませんから、一日ぐらいは休まれてもいいのでは?」 「僕が仕事に来ることが、なにか不満か?」 降谷の声と目つきが、棘のあるきついものに変わる。 「いえっ、そんなことは決してっ」 風見は慌てて弁解しようとする。 「じゃあ、いいだろ。僕だってあれの責任者だし」 「しかしですね、あの役割分担をしたとき、降谷さんはお休みの計画がもうすでにあったので、監督者はちがう人にということで、降谷さんは他のお役目の係になったと。……私の記憶では確かそうだったのだと」 思うのですが……と、最後のほうは小声になった。 降谷は相変わらず、きつい表情で部下を睨んでいる。 視線を避けようと風見は顔を逸らした。さっき買った飲み物はホットココアである。甘い匂いが鼻先に漂う。紙コップを持った両手が十分すぎるほど熱い。 投げやりなため息のようなものが聞こえた。ココアに口をつけながらそろりとうかがえば、降谷は見るからに不機嫌そうで、ぶすっとしている。 これはテレビドラマだとありがちな、部下が「どうしたんですか」と、上司を気遣う場面じゃなかろうか。そうすべきなんだろうか。ココアを啜って風見は考えた。 もしも降谷の表情がああでなければ、おそらくそうしていただろう。これはうかつに踏み込まないほうが良いと、風見に警戒させるほどあからさまだった。 「どうしようかなぁ」 風見の逡巡を煽るように、降谷は無自覚なのかなんなのか、いかにも悩んでいるふうにつぶやいた。 「予定どおり、お休みされたらいかがですか」 あくまでもさりげなく、控えめに風見は言ってみる。 「そうだなあ」 上の空みたいに答えた。降谷の表情が、多少はやわらいだように見える。 しばらく二人とも黙った。そのあいだ、風見はココアを飲み干し、降谷はほとんど動かなかった。手に持ったコーヒーに口をつけず、片足にやや体重をかけた立ち姿でじっとしていた。目は天井に近い壁へ向けられていたが、なにも見てはなかっただろう。心もきっとそこにはなかった。 なにか予定があったわけではない、と彼は言ったが、風見は知っている。上司のデスクの卓上カレンダーには休暇申請を出した日付に、赤い星の印がつけられていることを。わりと目立つやつが。 さらには、スマホのスケジュールアプリを開いて何回も笑顔になっていたことも。 絶対になにかあるのだと思っていた。とてもそんな、気が変わったぐらいで中止にするような休みではないはずだ。あの降谷に、楽しみでしかたがないといった笑みを浮かべさせ、またものすごく不機嫌にもさせ、あんなにもぼんやりさせてしまうような、なにかが。 なんだろう、と風見は考えてみたが、見当もつかなくてすぐにあきらめ、今日の晩飯をどうするかというほうへ思考は流れていく。 「休もうかなあ」 と、この厳しい上司からは聞いたこともないような、張りのない声だった。 「休みましょうよ」 深く考えずに、風見も気の抜けた声で返した。 世の中で一番むなしい作業は、恋人とのデートで予約したレストランに入れるキャンセルの電話だ。 コーヒーメーカーから蒸気が沸き上がるのをぼんやり眺めながら、赤井秀一は考える。 昔、そう言った同僚がいた。そのときは笑い飛ばしたものだが、案外真実だったかもしれない。 「まだ今週のシフトを入れていないの、あなただけよ」 振り向くと、ジョディ・スターリングが腕組みをして自分を睨んでいる。 「早く書いて。特にこの空白になってる二日間」 「わかった」 赤井はシフト表を受け取り、ペンを取ると、無造作に予定を書き入れる。 「あら、週末はやっぱり休むの?」 肩越しに覗き込んでいたジョディが言った。 「変更するとか言ってなかった?」 「やっぱり休む。人は足りてるみたいだし、いいだろ」 「いいと思うけどね」 コーヒーの匂いが漂ってきた。こんどは振り向く前に赤井へカップが差し出される。 礼を言って受け取った。ジョディも自分のカップから啜るように飲んでいた。 シフト表に書いた休みは、もしかしたら無駄になるかもしれない。この一週間、そのことが赤井の頭を悩ませ続けている。 一ヶ月も前から計画していたのに。ずっと二人の予定が合わなくて、ようやく、揃って二日間のオフが取れそうなのがこの日なのに。こんな土壇場になって無しになるかもしれないとか、意味がわからない。 「もしも」 ちょうど、赤井の机の上から、ジョディがシフト表を持っていこうとしていた。 「休みは取り消しにすると言ったら?」 「いいんじゃない。どちらでも」 「気が変わったら仕事をしに来る」 「そうね。気が変わったらっていうか、結局、デートが中止されたらってことでしょ」 赤井は椅子の背もたれいっぱいに上体を反り返らせ、冷たい目をしているジョディを仰ぎ見た。 「……デートって、おい」 「一ヶ月も前から休むって言ってたじゃない。それで、直前になってそんなに暗い顔をしていたら、だいたいの想像はつくわよ」 「俺が暗い顔をしている理由だったら、もっと他にあるだろ。思いつけよ」 「無いわよ、他に。フルヤとでしょ。それで、喧嘩した原因はなんなの」 ジョディの口調は切れ味が良く、図星を突かれた赤井は呻き声を発するしかなかった。 スリープ状態で静止したパソコンの画面には、眉間に皺を刻んでふてくされた自分が映っている。 「原因なんか、知るか」 我ながら、投げやりな言いかただと思った。 「憶えてないぐらい、些細な理由ってこと?」 ジョディの問いには返事をしなかった。理由はきっと些細なことではなかった。と、赤井は考える。 あとから思えば、些細だったかもしれないけど、そのときには大事なことだった。彼と言い合いをしたあのときに気がついていれば。 喧嘩とかすれちがいとか、思いだせるものはみんなそうだ。そのときにはわからない。時間が経ってからでしか、大事だったことに気づけない。 そんなことを、もう何度も何度もしているはずだ。なのにまた、同じようにしてしまう。 「できれば、キャンセルの電話なんてかけたくない」 つい、本音が声に出た。 「レストランでも押さえてあったの?」 「いや、レンタカーの」 ジョディは怪訝な顔をした。赤井はパソコンに向かうふりをしてとぼけた。 「まあ、あれだな。もしも俺が週末に仕事しに来たら」 「そうね。泣き言ぐらいは聞いてあげる。ただしランチをごちそうしてくれたらだけど」 「昼飯付きか。そいつはけっこう高いな」 赤井は少しだけ笑った。ジョディはと見ると、彼女の表情は「きっとそんなことにはならないでしょうけど」と、書いてあるみたいに思えた。 そうなれば良いと本気で思えてきたので、キャンセルの電話をかけることは頭の中から消し飛んだ。 まだ今からでも、降谷零の考えが変わる可能性は十分にある。それに確か、レンタカー会社への連絡が当日になっても、キャンセル料金は発生しないはずだった。